コラム

エッセイ(藤田千恵子さん)

自分で自分を誉めるのは難しかろう、と思います。なので、私が堺さんを誉めることにいたしましょう。

堺さんは、いつもは物腰の柔らかな紳士ですが、じっくり話してみるとフクザツな人です(誉め言葉です) 。

日本酒のように複雑な過程を経て醸されるお酒に携わる人ですから、単純な人ではないというのは当然といえば当然ですが。

たとえば、以前お蔵に伺って、お酒造りについてのあれこれをお聞きした時にも「美味しすぎない酒を造りたい」。これが堺さんのお酒造りの抱負なのでした。

なぬ? 最初は意味がわかりませんでした。美味し過ぎないって、いったいどういうことでしょう。お酒は、いくら美味しくなっても、美味しすぎても良いのではないでしょうか。

しかし、よくよくお聞きしてみると、堺さんは「酒そのものには強い主張を持たせずに食と飲み手に寄り添うような節度ある酒。一歩引いた純米酒」を醸していくというお考えなのでした。

美味し過ぎないからこそ、その引き算の分、食中酒となるポテンシャルを持てる。食事や器や人との会話が入る余地がある。美味し過ぎないからこそ、飲み疲れ、飲み飽きることがない。ああ、そういうことならわかります!

もうひとつ、堺さんとの会話で印象的だったのは「造る側としては、手をかけたいんです」という言葉でした。現代は、何事においても手がかからない方法、時間がかからない方法のほうが優先されがちなのに、敢えて、手をかけたいと堺さんは望んでいるそうなのです。なので蔵内の仕事は、「ブラック企業」ではなくて「グレー企業(笑)」くらいな感じなのだそうです。

日本酒は、液体です。私たちがお酒を目の前にした時には、その液体が出来上がるまでに、どんな過程を辿ってきたかを知ることはできません。どんなお米が選ばれたのか。さらに遡るならば、そのお米がどこでどのように栽培されてきたか。どんな処理をほどこされてどんなふうに醸されてきたのか。液体には文字を記せませんから、わかりません。

ミもフタもない言い方になりますが、人の手をかけても、かけなくても、お酒という液体はできあがるようです。液体の内容を透視することのできない私たち飲み手は、信頼する造り手のお酒に手をのばします。その結果、感じるのは美味しいかどうか。喜べるかどうか、幸せな気持ちになれるかどうか、というきわめて情緒的なことです。

逆に造り手さんの立場からしても「これだけ手をかけたけど、そこをわかって貰えるかどうか」と世に問う部分もあることでしょう。その手をかける、の部分。堺さんの場合は、お酒造りの以前のお米作りから始まっています。

お米作りのスタートは、1995年。堺さん曰く、当時は「造りたい酒のイメージはあっても、蔵の設備が整っていなかった」。そこで「せめてできることとして良いお米を使おう」と思い立ったのだそうです。まず原材料に目を向けるところは、かつてワイン造りを学んだ醸造家ということもあるでしょうか。そこからの自家栽培。以来、四半世紀、堺さんは初夏から秋の間は、茶色い人となって田んぼに出続けています。

お米を酒という液体に醸していく。堺さんの現在のテーマは、「米の違いを酒の味にする」ということ。原材料が山田錦であれば、山田錦の味が乗った酒に。原材料が亀の尾であれば、亀の尾の味が乗った酒に。これは、日本酒ファンにとっては、嬉しいことです。目と耳で知った知識を味覚で確認できるのですから、なんと楽しいことでしょう。

「造り手として手をかける」のは、飲み手には見えない部分。けれども、そこは見えなくても、味わいとしては飲み手に届く。その見えないところのために、茶色い肌になっている堺さんの米作りからの酒造り。フクザツな人による複雑な工程を経て私たちのところに届くお酒。それを飲んだ人たちの感想は「美味しいー」「幸せー」といたって単純なのですが、一緒に飲む堺さんは、それを見てニコニコ。フクザツな人が肩の荷をおろして、幸せな飲み手に戻る瞬間です。堺さんは、こういう時間を「醍醐味」と呼んでいました。

これからも造り手と飲み手の間をお元気に行き来して「醍醐味」を味わって下さいね。

藤田千恵子

群馬県桐生市生まれ。東京在住
出版社(株)『ぎょうせい』勤務を経てフリーランスのライターに

著作
『日本の大吟醸100』(新潮社)
『杜氏という仕事』(新潮社)『これさえあれば』(文藝春秋)
『極上の調味料を求めて』(文春文庫)
『美酒の設計』(マガジンハウス)
『おとなの常識 日本酒』(淡交社)等。
『dancyu』『あまから手帖』等 雑誌寄稿多

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